本当にこれでよかったのだろうか?

今、僕の中でもやもやとしていることがある。

父の胃がん治療のことだ。

「本当にこれでよかったのだろうか?」という思いがなかなか消えない。

何をクヨクヨ考えているかを書く。

今年2015年10月下旬、健康診断で、父の胃に腫瘍が見つかった。

大学病院を紹介され、詳細な検査をした。そして、「胃がん」と診断された。

そこからは、流れるようにコトは進んでいった。

「大きな転移は認められなさそうだから、今、切除すれば、胃は1/3になってしまう予想だが、生きていられる時間は増えると思われる」

これが医師からの正確な言葉ではないが、概ねこんなことを言われて、父は覚悟を決めた。

(医師の言葉の中に予測が多いのは、開けてみないとわからない部分があるからだ)

「がんがもっと小さくて、あと、5,6年は生きられそうだとしたら・・」
「がんがもっと大きくて、転移もあちこちにしていたら・・」

「どちらの場合でも、たぶん手術は受けなかったよ」と父は言った。

放っておくには大き過ぎ、あきらめるほどヒドイ状態ではなかった、のだ。

そして、手術は成功した。(思っていた通りの手術ができた、と医師は言った)

僕も家族も、喜んだ。

「このまま死んじゃうかもしれないんだ」と、手術前に少しは考えていたから、「父が家に帰れる」と思うと、素直にうれしかった。

そして、父は退院し、家に帰ってきた。


僕がもやもやしているのは、父の変化だ。

父は84歳になるまで、大きな病気もケガもしなかった。入院もしたことがなかった。

毎晩ウィスキーをストレートで飲み、タバコはピースの両切り(ニコチン&タールがすごく多い)を吸い、ステーキもゴハンもわしわし食べる、そんな人だった。

週1回のゴルフが楽しみで、ゴルフ場で知り合った人達と楽しそうにプレイしていたようだ。

親戚に碁を教えたり、旧友の家に通って庭の手入れをしていたりした。

そんな父が、胃がんと診断され、手術を決めてしまうと、あれだけ好きだったゴルフに行かなくなった。

医者から止められたワケでもないのに、お酒をやめてしまった。

ゴハンもほとんど食べなくなり、食の好みも薄味に変わってしまった。

入院して吸いたくなるとイヤだから、とタバコもやめてしまった。

あまり家の外に出なくなり、家の中で押し黙るようになった。

手術が終わって退院した後も、術後なので、調子が悪いのは当たり前だが、ため息ばかりつくようになってしまった。

愚痴も多くなった。

「もうゴルフは出来ないし、やりたいとも思わないな」

「医者は、歩け歩け、と言うけど目的も無しに歩けるかよ」

ゴハンを食べていても、あまり美味しそうに食べなくなってしまった。

ふと、「父が健康診断なんか受けていなければどうだっただろう」、と考える。

父には自覚症状が全く無かった。

だから、きっと、今までどおり、酒やタバコを楽しみ、毎週ゴルフに行き、親戚や旧友を訪ねて歩き回り、ガハハと笑いながら生きていたのではないだろうか。

そして、自覚症状が出る頃に、自分の死を覚悟し、死の準備をし、・・・

「本当にこれでよかったのか?」

正解なんて無い。

でも、僕は今日も、もやもや、クヨクヨと考えてしまう。

   
 

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コメント

  1. Y より:

    お父様の体調や変化、心配ですね。
    心中お察しします。
    正解はないと分かっていても色々考えてしまうの、分かりますよ。
    (親思いのやさしい息子でお父様も幸せだと思います)

    正吉さんには言うまでもないことですが、
    過去に悩みながらでも、お父様との”今”を大事にする意識で
    ご家族にとって、少しでも良い未来を作っていって頂きたいです。
    応援しております。

    メールお返事ありがとうございました。
    僕も気が楽になりましたよ。
    また、少ししたら、メールしますね。

    • 正吉 より:

      Yさん、コメントありがとうございます。
      「もっと違う良い方法があったんじゃないか」と考え出すと無限ループに陥っちゃいます。。。
      応援感謝します。Yさんも良い方向に行くよう祈っています。メール待ってます。(^^)

  2. けんけん より:

    現在、48歳、男性、サラリーマンです。
    日ごろ、このブログを読んで、正吉さんの優しさを感じたり、考え方に共感しておりました。筆不精のためコメントまでしませんでしたが、今回初めて書きます。
    長文になります。すいません。

    ちょうど3年前、私の父が胆のう癌により、74歳で他界しました。
    毎年、人間ドックを受けていたにもかかわらず、背中のちょっとした痛みにより、病院に行った時には、既に末期ガンでした。
    父は、もう末期なら一切の治療はせず、死が来るまで残り人生を楽しみたいと言ってました。
    しかし、ガン専門の大病院の先生が、「治療方法があるのに、もったいない、もったいない」と父に言い聞かせ、抗がん剤治療が始まりました。
    処方された色々な薬はどれも効かず、副作用により、みるみる弱っていきました。
    もう、試せる薬が無くなったとき、その医者は、もう治療法が無いので、緩和ケアセンター、ホスピスを紹介しますと言って、見放しました。
    この医者が見放した瞬間の言葉に後悔し、モルモットにされてしまったと感じました。
    それ以来、他界してからも、後悔が続いていました。
    でも、父が最後近くに、あれが当時ベストな方法だと信じて、抗がん剤を始めたのだから、仕方ないよ、と言って、末期ガン判明から半年で他界しました。

    正吉さんのお父様のケースとは違うかも知れませんが、その時、その時、ベストだと信じた事をするしかないと、今は思っています。
    それでも、後悔は付いて回るものだとも思っています。

    どうかお大事になさってください。長文すいません。

    • 正吉 より:

      けんけんさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
      同い年ですね。(^^)

      高齢者の医療については、何が本当に良いことか、考えさせられることが多いです。

      お父様は気持ちの強い優しい方だったんですね。
      その状況で、家族にそのお言葉を残せるってスゴイと思いました。

      > その時、その時、ベストだと信じた事をするしかないと、今は思っています。
      > それでも、後悔は付いて回るものだとも思っています。

      いろいろな想いが詰まった言葉ですね。
      この言葉、大事にしますね。
      コメントうれしかったです。ありがとうございます。

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