ゴールデンウィークが終わろうとしています。
「どうして連休って、こんなにも早く終わってしまうのだろう?」「あぁ、会社行きたくねぇ」といつも感じていました。
「連休を過ごした楽しい時間」よりも「連休後の喪失感」の方がいつも強くて、僕は苦しく感じていました。
(早く「もう休日は十分です」というくらい休めるようになりたい)と思っていました。
もし僕と同じような思いをしている会社員の方がいれば、以下を読んでいただきたいです。
「楽しい休日だった!明日から気持ちを切り替えて、会社の仕事ガンバルぞ!」
と思っている方は、読まなくても大丈夫です。(^^;)
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ずっと以前に、
「時間のかかる面倒なこと」や「他の人に頼むこと」と思い込んでお金を使う
について、書きました。
その他にも、ストレス解消するためにお金を使う、見栄を張るためにお金を使う、などがあります。
僕もそんな罠にたくさんハマってきました。
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いろいろな意見はあるとは思いますが、どれももったいないお金の使い方だったな、と思います。
そんなお金を使って、中途半端な満足を買うよりも、ちゃんと目標を決めて「大きくて永い自由時間」を手に入れる方が絶対に良いよなぁ、と強く思うのです。
「それがちゃんとできたから、僕は『大きくて永い自由時間』を手に入れることができたのだ」なんて言えません。
これから、全くお金を稼がずに家族と生きていくには、全然お金が足りていないからです。
しかし、どこに目標があるかを自分がちゃんと認識して、お金の使い方をちゃんと考えることはとても重要です。(早期退職やセミリタイアだけの話ではありませんが)
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生きていくためのお金だけを大切に使って、そのほかのお金をできるだけ使わないで、着実な運用をしていれば、最終的に「大きくて永い自由時間」を手に入れることができると思います。
「大きくて永い自由時間」は、「リタイア」や「セミリタイア」だったり、「サバティカルな数年」でもいいと思います。(サバティカル)
「大きくて永い自由時間」を過ごすのに多くのお金が必要だと、その自由時間がとても高価なものになってしまいます。
高価になればなるほど、自由な時間は遠いものになっていきます。
「大きくて永い自由時間」を、手に入れるにも、過ごすにも、自制が求められます。
むずかしいです。
「豊かに暮らす」の「豊かさ」の尺度をどこにおくかで、「大きくて永い自由時間」を手に入れるためのハードルの高さが決まってくるように思います。
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連休が終わろうとしている今、本気で考えてみてはいかがでしょうか。
僕もまだまだ考えます。
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