「だから、居場所が欲しかった -バンコク,コールセンターで働く日本人-」を読んだ

水谷竹秀さんはノンフィクションライターで、新聞記者・カメラマンを経てフリーになられた方です。フィリピンを拠点に活動されています。

僕はこれまでに水谷さんが書かれた、「日本を捨てた男たち フィリピンに生きる『困窮邦人』」「脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち」の2冊を読みました。

「日本を捨てた男たち」は、第9回開高健ノンフィクション賞を受賞しています。

水谷さんのこれらの本が興味深いのは、東南アジアに住むどちらかと言えば困っている日本人を、徹底的な取材を通して書かれているところです。

東南アジアが好きな自分にとって身につまされることが多い

僕が水谷さんの本で描かれていることを読まずにいられないのは、自分にとって身につまされることが多く、「明日は我が身かも知れない」と思う点にあります。

暖かくて(暑くて)、物価が安くて、日本に比べれば開発途上にあって、何もかもがユルい東南アジアを旅するのが僕は好きです。

早期退職することに決めてから、フィリピン・マレーシア・インドネシア・カンボジア・ベトナム・タイを一人旅しました。(どれも期間は短いですけどね)

50歳を過ぎてからは熱が冷めてきましたが、正直に書くと、これらの国の夜の街も積極的に散策しておりました。(^^;)

東南アジアの夜の街は、とにかく楽しいのです。言葉が通じないお姉ちゃんとビール飲みながらビリヤードしてるだけでも楽しいです。

なので、こういう素質(?)を持つ僕が「本当に夜の街にハマってしまったら、、、」と考えると他人事には思えないわけです。

東南アジア移住の光と影

東南アジアに移住して、仕事を得て、幸せな生活をしている人も多くいるはずです。

でも、現地で夜の遊びにハマってダマされて一文無しになってしまったり、海外で成功してやろうと思いつつ全然うまくいかなかったり、お金が無くなって日本に帰ることができなくなってしまったり、、、

そんな人達の生き様が、この本の中にはいろいろと書かれています。

うまくいかなかった事例を知識として得ておくことは、近い将来、1年のうち数ヶ月を東南アジアで過ごしてみたいと考えている僕にとって貴重な情報です。

うまくいかなかった人たちは、こういった自分の恥ずかしい失敗のことをあまり話したくないと思うのだけど、5年間にも及ぶ丁寧な取材によって聞き出すことが出来たのだろうな、と感じます。

バンコクのコールセンターで働く人々

この本を読むまで、僕は「バンコクのコールセンター」の存在自体を知りませんでした。

そして、そこで働く人々の思いや状況、立場なども初めて知ることができました。

バンコクのコールセンターは、日本語が話せれば雇ってもらえること、比較的給与が低いこと、スキルアップができないこと、などから、現地の日本人からも冷ややかに見られているようです。

その場所で働きながら、起業を目指す人、趣味に生きる人、その日暮らしを決め込む人、いろいろな人がいるんだけど、強い悲壮感を感じないのは、タイという国のユルさや大らかさなのだろうなぁ。

「これでもいいんだ」と思える心の余裕

エピローグに書かれていた水谷さんの言葉が、心に残ったので引用しておきます。

日本で生きていくことが苦しいのであれば、無理に留まる必要はない。もっと言えば無理する時代ではなくなった。

(中略)

バンコクのコールセンターで働くオペレーターたちは、業務内容に多少の不満こそあれ、シフトも自由に組むことができ、ぎすぎすした日本社会で生きていくより気ままにやっている。複数のオペレーターたちとたまに一緒に食事をするが、在留邦人社会から時には冷たい視線を浴びせられるとはいえ、日常に一喜一憂しながら今をそれなりに生きていた。

タイという国の持つ包容力というべきか、あるいはバンコクの路地裏で感じられる一昔前の昭和の残り香が心地良さを与えてくれるのか。
そこには豊かさを享受した日本にはない、忘れられた何かがある。

それが何かと問われれば、私はこう答えることにしている。

「これでもいいんだ」と思える心の余裕である。

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