魂の退社―会社を辞めるということ。

面白そうな本を見つけた。

「まっとうに会社で働く人が日本を支えている。それは本当にそうだと思う。

しかし、会社で働いていない人だって日本を支えている。
自営業の人たち、フリーランスで働く人たちは言うまでもない。
さらに、お金を稼いでいない人たち、たとえば専業主婦、仕事をやめた高齢者、何かの事情で働けない人、子どもだって、みんな日本を支えているんじゃないだろうか?

食事をつくる、掃除をする、孫と遊ぶ、何かを買う、近所の人にあいさつをする、だれかと友達になる、だれかに笑顔を見せる――世の中とは要するに「支え合い」である。
必ずしもお金が仲介しなくたって、支え合うことさえできればそこそこに生きていくことができるはずだ。

しかし会社で働いていると、そんなことは忘れてしまう。毎月給料が振り込まれることに慣れてしまうと、知らず知らずのうちに、まずお金を稼がなければ何も始められないかのように思い込み始める。
そして、高給をもらっている人間がエラいかのようにも思い始める。
だから、会社で働いていると、どうしても「もっと給料よこせ」という感覚になる。これは、どんな高給をもらっていても同じである。(中略)

しかし私は、もうその争いに意味を感じなくなってしまった」

以前に、僕もこんな記事を書いたような気がするなぁ、と思って自分のブログを自分で検索しました。(^^;)

僕は、
「中高年になって疲れが取れない歳になったら、給料減ってもいいから仕事減らせばいいんじゃない?」
「寿命が延びているんだから、決まった時期にきっちりとリタイアしなくてもいいんじゃない?」
と思っています。

得るお金が少なくても(お金が得られなくても)、他人のために動くようなこと(はたをらくにするために働くようなこと)は、65歳過ぎてもすれば良いと思うし、すべきだと思います。

65歳を過ぎれば、病気になる確率も高くなるし、体が動かなくなることもあるかもしれません。
でも、気構えとしては、じーちゃんになっても「働いて」いたいです。(例えば、孫の世話を積極的にするとか、家庭菜園で野菜を作って家族で一緒に食べるとか、・・)

僕の少ない経験から言ってしまいますが、お年寄りの家に行くと夫婦で一日中テレビを見ている家が多い気がします。旦那さんが昼間っからお酒を飲んでいる家もありました。

いくら「ゆとりある老後」のためにお金を貯めたとしても、「何もしなくてもよい」=「幸せ」とは思えないのです。

65歳まで会社で働く

お金なんか無くたって何とかなる、なんてキレイごとは言わないけど、支出を抑えれば収入は少なくて済みます。

収入が少なくて済めば、時間に余裕ができます。

ゆったりとした時間を過ごすことができます。

そのゆったりとした時間の中で、自分のペースで自分に必要なだけのお金を稼げば、それでいいんじゃないかなぁ。

   
 

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