息子である僕が父にできること

なるようにしかならないけど、自分にできることを後悔のないようにやるしかないのだなの続き。

胃がんと診断された父の様子を見に、神奈川の実家に行ってきた。

父は、あらかじめ用意していた感じで、事務的な用件を伝えるように、テキパキと僕に話した。

12月に手術をして、胃の一部を切除することが決まった。

今はその手術のための検査に週に1,2回通っている。

手術や入院の費用は心配いらない。

ガンがどんな具合で広がっているか、開けてみないとハッキリはわからないから、胃がどのくらい無くなってしまうかは、まだわからない。

全摘出になっても、すぐに死んじゃうわけではない。

転移がヒドかったら、切除をしないという手もあるのかもしれない。これから医者と相談する。

万が一、運悪く手術後に目を覚まさないようなことがあったら、延命措置はいらない。

僕と母の前で、父は淡々と語り、母も黙って聞いている。

2人の間では、もう何度も話し合っているのだろう。

僕と2人きりになったときに、

「もう十分生きたから、何の後悔も無いし、コレといってしたいことも、行っておきたい場所も、特には無いよ」

「オレが死んだ後は、お母さんのことだけが心配だけどな。よろしく頼むな。」

と父は言った。

「ガンのことは、なるようにしかならないから、心配してもしょうがないよ」という父に対して、

正直なところ、ここまでしっかりと悟られていると、息子として僕にできることはあまり無いように思えた。

母と2人で話してみると、父はやはり、精神的にまいっているようだ。

大好きなお酒もやめてしまい、(医者から禁酒とは言われていないのに)

週1回のゴルフも行かなくなってしまったそうだ。

(そのくせ、医者からやめろと言われたのに、タバコはやめていないのが、父らしいと言えば父らしい)

僕はゴルフをやらないけど、父に「ゴルフの打ちっぱなしに行こう」と誘った。

母も「気晴らしに行って来なさいよ」と後押しをした。

気乗りしない父を無理やり誘って、打ちっぱなしに行った。

クラブの握り方も知らない僕に、父は打ち方を教えてくれた。

僕が打った球は、自分でも信じられないくらいによく飛んだ。

僕は筋が良いそうだ。(^^)

2人で100個のボールを打って、帰ってきた。


僕が父の立場だったら、何をして欲しいかな、と考えた。

僕だったら、息子くん2人に、いろいろと話しておきたいことがあるな、と思った。

話を聞いてもらいたい、話をする時間を作ってもらいたい、と思うだろう。

おっさんになった僕に、父が今さら話したいことは少ないかもしれないけど、伝えておきたいことはあるかもしれない。

実家の居間に座って、ボーっとしていれば、父が話しかけてくるかもしれない。

今月中は、何度か実家に帰ってみよう。

   
 

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コメント

  1. とらじろう より:

    正吉さん こんばんは
    以前メールした、とらじろうです。

    お父さんのこと心配ですね。お気持ちよくわかります。
    僕の父も5年前、ガンで臓器の全摘手術をし、それ以来、不自由な体になってしました。
    当時の僕は仕事が第一人間だったので、「手術の時だけ駆けつけ、またすぐ仕事」なんて有様。
    今思えば、できるだけそばにいてあげて勇気づけるぐらいの、やさしさもなかった
    のか、と反省しています。

    どうか手術が無事、成功しますよう陰ながら願っております。

    P.S. 「失踪日記」アマゾンで買って読みました。

  2. Kage より:

    正吉さん、こんにちは。

    お気持ちお察しいたします。私も昨年の夏に父を大腸癌で亡くしました。手術してから1年間、あっという間でした。父はもともと胃腸が弱いせいもあって、具合が悪くなってきてもなかなか病院に行こうとしませんでしたが、そのうちに起きるのもやっとの状態になり、家族で説得してようやく病院に行くことになった矢先に貧血で倒れて病院に運ばれました。検査の結果、ステージ4の癌が見つかりました。

    手術はしたのですが、癌がもうあちこちに転移している状態で、全ては取りきれないまま人工肛門を付けてお腹を閉じました。その後は抗癌剤治療となったのですが、それでも手術前よりは一時的に元気になり、自分の好きなものばかり食べてました。思えばその時期にもっと話をしたり、どこかに行ったりすれば良かったと悔やんでいます。

    その後、冬も終わりの頃からどんどん具合が悪くなっていき、何度も入退院を繰り返しました。ついに主治医より家族に余命1ヶ月と告げられ、自宅が何より好きだった父のために最期は自宅で看取りたいと在宅看護の手続を進めることに。主治医、在宅看護の先生、ケアマネ等々多くの人の協力のおかげでようやく退院が実現し、自宅に戻った2日目の昼、在宅看護の先生の往診が終わった後、眠るように息を引き取りました。

    父は自分が死ぬなんてことは全く想像していなかったらしく、病院に見舞いに行ったときなどは私に「体力が落ちたから退院したらトレーニングしたい。何かいい方法教えて」なんて言ってたくらいでした。また、実際には腸が塞がってて思うように食べられないのに、あれも食べたい、これも食べたいとよく言っていました。しかし、最後の1ヶ月間はさすがにしんどかったらしく、そんなことも言わなくなっていました。

    今思えばあれもこれもしたあげたかったという後悔もまだ残っていますが、それでもこのご時世に本人が大好きだった自宅で最期を看取ってあげられたのだけは良かったと思っています。また、亡くなる半年程前に生まれた私の二番目の子も見せてあげられました。満面の笑みで孫をあやす姿が忘れられません。

    すみません、長くなりました。お父様とのお話、たくさんなさってください。お父様のご快復を心よりお祈りしています。

    • 正吉 より:

      Kageさん、コメントありがとうございます。
      Kageさんも大変な思いをされたのですね。。

      これから父とたくさん話をしようと思います。
      僕からも聞きたいことがたくさんあるはず、と思っています。