伽藍(がらん)を捨ててバザールに向かえ -「橘玲本」をしゃぶりつくす(4)-

「社会は急激に変わりつつある」
「産業革命より大きなIT革命が来ている」
「先進国から新興国にパワーシフトが起きている」
「企業の時代は終わりつつある、これからは個人の時代だ」

こういう言葉をよく見かけるようになりました。

「わかってきつつあるし、実感しつつあるけど、じゃあ どうすればいいんだよ」と思っている人は多いのではないでしょうか。(もちろん僕も含めてですが)

「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」を、橘玲さんは

「伽藍(がらん)を捨ててバザールに向かえ。」
「恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。」

という2行に要約しています。

日本人はむかしから会社が大嫌いだった の記事でも同様のことを書いていますが、再度引用します。

 日本の会社は、社員という共同体によって構成されている。そこでの人事は、経営者や人事部が一方的に決めるのではなく「あいつは仕事ができる」という社員コミュニティの評判によっている。
 
 米国型の人事制度は地位や職階で業務の分担がきまるから、競争のルールがはっきりしている。頂点を目指すのも、競争から降りるのも本人の自由だ。それに対して上司や部下や同僚たちの評判を獲得しなければ出世できない日本型の人事制度ははるかに過酷な競争を社員に強いる。
この仕組みがあるからこそ、日本人はエコノミック・アニマルと呼ばれるほど必死で働いたのだ。

 
既に時代に適応できなくなった「年功序列」と「終身雇用」の日本的経営を守ろうとすることで、耐えることしか出来ない会社員・サラリーマンは疲弊しています。(今の僕のように)

ヒトは社会的な生き物なので、群れの中でしか生きられず、常に他者の承認を求めて生きています。
良い評価や良い評判を得ることが、ヒトにとっての「幸せ」でもあるのです。

今後はさまざまな分野で、「評判獲得ゲーム」がグローバル化していき、仕事はプロジェクト単位になり、目標を達成すればチームは解散します。
(1つの「映画」を作成するチームを考えるとわかりやすいです。原作者、監督、プロデューサー、脚本家、役者、カメラマン、照明、衣装、・・・、何千何百というスタッフが「映画をつくる」という目的のために集結して仕事をし、映画が完成すれば解散し、個々の仕事に戻っていきます)
これからの仕事はひとつの場所に何十年も勤めるというカタチでは なくなっていくと予想されるのです。

そうなれば、会社や役所のようなムラ社会の「評価」や「肩書」に 誰も関心を持たなくなります。

「幸せ」の新しい可能性を見つけたいのなら、どこまでも広がる「バザール(グローバル市場)」へと向かおう。
うしろを振り返っても、そこには崩れかけた「伽藍(会社)」しかないのだから。

 
これが、「伽藍を捨ててバザールに向かえ。」の意味です。

一点付け加えますが、このアドバイスはすべての会社員に当てはまることではないと思います。

今の会社の今の仕事が最高の仕事だと考えている人、自分が勤めている会社の未来は明るいと考えている人、他の道なんて考えたくない人、は多いと思うし、
「バザールに向かえ? は? 何それ?」と思う人が ほとんどであって欲しいです。

僕だって、今の会社の今の仕事が充実していて不安や不満が無いのならば、生きづらい理由なんか考えたくないし、どうやって生き延びるのか、なんて面倒なこと 本当は考えたくないです。

続きます

   
 

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