後悔なしで死にたい

おはようございます。
妻がインフルエンザにかかりました。
バタバタしています。

というわけで、今日の記事は去年僕がつれづれなるままに書いたメモを載せることにしました。
まだ推敲していないので おかしなところがあるかもしれませんが・・。

老後の不安はいつまでも続き、いつまでも不安である。

お金がなくなるのではないか?
ボケるのではないか?
子供に迷惑がかかるのではないか?

一番怖いのはお金がなくなることだと思う。

でも、お金がなくなると生きていけなくなるのだろうか?
そんなことは無いと思う。
年金だって現在よりは支給額が少なくなるとは思うけど、まったくなくなるわけではなく、少なくとも死なずに生きていくぐらいはもらえるはずだ。(生活保護的な意味で)

定年退職後に豊かに暮らすには年金含めて1億円ないとダメ、みたいなことが言われているけど、80歳を超えて豊かに暮らしたいだろうか?
国内旅行や海外旅行に行き、豪華な食事をして、モノに囲まれて生活したいだろうか?

否。

80歳を超えたら、身体は思うように動かず、豪華な食事よりは質素な食事をするだろうし、病気になって食べたいモノを食べられないかもしれない。

80歳を超えたら、「もういつ死んでもいいや」と思うのではないだろうか。
または、そうなっていたい、と僕は思うのだ。
「好きなように生きてきたんだし、運よく孫の顔でも見られたら万々歳です」という生き方をしたいのだ。

だから、老後のためのお金を貯めることに一所懸命になるのはヤメだ。
身体が大丈夫なら65歳を超えても働けるようにしておけばいいのだ。
働くというのは、お金のために働くということだけではなく、食べるものを作る、家族のために家事をする、ということも含めてだ。

僕は、動けないような病気になってしまったら治療などせずに、尊厳死させてもらいたい。
自分が病気になって自分が自分でなくなってしまったら、尊厳死を認めて欲しい。
家族に「殺してくれ」と言っているようなものだから、家族は辛くて出来ないだろうとは思う。
でも、それが僕の幸せなのだ。

僕は、わがままにやりたいように生きてきたし、これからも生きて行きたい。
自分の人生に後悔なんてないのだ

ただ、後悔があるとしたならば、
「こんなにわがままな自分に人生をつきあわせてしまった妻に申し訳なかった」
「こんなにわがままな自分の元に生まれ育った子供達に申し訳なかった」
ということだけだ。

でも、きっと家族は「大変だった」けど「不幸だった」とは感じていないと思う(思いたい)。

   
 

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コメント

  1. 記事に覚悟を見たように思いました
    ありがとうございます

    • 正吉 より:

      消費しないピノキオさん
      「覚悟」、本当に覚悟できてるのか?と自問する日々ですが、貫けるよう頑張りたいと思っています。

  2. 見知らぬ男 より:

    80歳を超えて豊かに暮らしたいだろうか?

    まさに、その通りだと思います。
    人間、70歳を超えたら、体は思うように動かなくなるようなるし、それ以上に心というか精神が衰えます。
    新しいことをやろうとか、何かをやろうという心のエネルギーみたいなものが枯渇します。

    80歳にもなれば、日がな一日、ぼーっとして暮らすのが関の山です。
    唸るほどの金を持っていても、使うことはないでしょう。
    日々の生活を維持するだけの金しか使わないと思います。

    • 正吉 より:

      見知らぬ男様
      コメントありがとうございます。
      お金、あるに越したことはないんですけどね。20代の若者が老後が心配だから貯金を始める、なんてことを聞くと悲しくなります。(早期リタイアするために貯金する、ならわかるけど)
      ブログ読ませていただきました。これからも楽しみにしてます。