なにかを我慢して『やらない』ということの悪辣さを認識すべき

日本の男のストレスの正体 -安冨歩教授に聞く-の記事を書いてから、安冨歩さんの語ることが刺さりっぱなしなのです。

もう一つ、深く共感した記事があるので紹介しておきますね。

 我慢をすれば、結局どこかに出るのです。人間はそんなに強い生きものではないので、大抵の場合は他人への暴力として出ます。本当に心やさしくて他人に暴力を向けられない人は、自分に向けてしまいます。それが自分自身の健康を破壊するとか、あるいはもっと直接的な、自殺などにも向かいがちなのですけれども、そういう行為は、結局、他人に対してものすごく深刻な影響を与えるのです。そう考えると、なにかを我慢して「やらない」ということの悪辣さを、ちゃんと認識しなければいけないと思っています。

 自分自身がなにをやりたいかを感じることができるなら、自分自身がやってしまったこと、起こした問題に関しては、自分で責任を取らざるを得ない、そのように感じます。そうして本当の意味の責任を自覚することを通じて、初めて人間は成長できると思います。

 ところがそれを我慢してしまうと、軋轢が発生しないので、その人は成長しないのです。すると持っている能力を十全に発揮しないことになり、社会はちゃんと動かないわけです。ある人が我慢して軋轢を回避し成長を拒否すると、その人の能力は発揮されなくなる。それは、それ自身が社会に対する裏切りだと私は思っています。発生した軋轢のなかから成長していくということを通じてしか、人間はまともにならないと考えるからです。

安冨歩さん~自分であり続けるということ…「無縁の原理」 – WISDOM

僕はこのブログで「我慢しないで逃げてもいい」「我慢している時間はもったいない」とよく書くのですが、

「なにかを我慢して『やらない』ということの悪辣さを認識すべき」

という言葉にハッとしました。

我慢することで自分を傷つけることはわかっていたけど、我慢することで他人を傷つけることにもなるのだ、という事にはあまり気がついていませんでした。

【我慢して、やりたくないことばかりして、やりたいことをやらずに、自分を放っておくと、そのうち他人を攻撃するようになる。】

これは、一番ヒドかった時期の自分にも当てはまります。

肉体的な暴力は無くても、精神的な暴力を他人にふるうようになります。

【やりたいことを我慢することは、成長を妨げ、自分をまともに育てることができなくなってしまう。】

すごく共感できます。

「やりたくないこと」をちゃんと認識して、やらないように逃げる。

「やりたいこと」をちゃんと認識して、我慢しないでやり遂げる。

その2つをすることは、自分のためだけでなく、周りの人のため、ひいては社会のためになる。

安冨さんのおっしゃっている趣旨とはちょっと違うかもしれないけど、そんなことを考えました。

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