どうして生きなければいけないのか?

久々に「遺書シリーズ」を書きます。

長男くんと次男くんへ

長男くんが悩んでいるとき、「楽に死ねる方法を探した」と言っていました。

それを聞いたとき、父はやっぱり悲しかったです。

自死すること=悪いこと、やってはいけないこと、なんて簡単には言えないけど、一時の想いで死に向かうのは良い選択ではないと思います。

父と母と話し合いをしているとき、

「生きていると、イヤなことやツラいことがたくさんあるのに、どうして生きなければいけないのかな?」

と長男くんは聞きましたね。

父は、「イヤなことやツラいこともあるけど、それ以上に、面白いことや楽しいことや、生きててよかった、と思うことがあるからじゃないかな」と答えました。

実は父は、中学高校時代が暗黒でした。

父は大学デビューで、「人生ってこんなに楽しいんだ!」と思い始めたのは18歳以降だったのです。

だから、余計に(ダマシダマシでも良いから生きてみてごらんよ)とキミに言うのかも知れません。

その時には答えられなかったけど、生きなければいけない理由には、

「死んでしまうと親がとても悲しむから」

という理由も加えたいと思います。

単純だけど、生きていくための強い理由になるのじゃないかな。

もしもキミたちがいなくなってしまったら、一生深い悲しみが続くと思います。

父の友人は今、心の病気で会社を休んでいるんだけど、その人のお母さんが

「仕事とかお金とかどうでもいいし、どうにでもなるもんだから、とにかく親より先に死ぬな~」と言ってくれたそうです。

その人は、「そういうわけで、親よりは長く生きれるように、ストレスためずに生きてこうと改めて心に決めた次第です!」と言っていました。

父はこの話にとても感動してしまったのと同時に、長男くんに自死を考えるまで追い込んでしまった自分のことを、「なんてアホだったんだろう」と反省しました。

父には、きみたちに「自立して欲しい」という気持ちがあります。

多くの人が抱く感情だと思います。

でも、きみたちの心や身体が弱っている時までも「自立」を願うのはおかしなことで、その時には元気になるのを手助けするのが正しい行動だったと思います。

父は、自分が心を病んだことがあり、今でもぶり返すことがあるクセに、こういうことを簡単に忘れてしまう悪いところがあります。

ごめんなさい。

「死んでしまうと親がとても悲しむから」に話を戻します。

父の生きる理由の一つも「じぃじとばぁばに自分のお葬式をさせたら可哀想だから、とりあえず生きてようっと」ということなのだと思います。

生きる理由なんてそんなものかも知れないし、案外それが一番重要なことなのかも知れません。

なんだかあまり まとまっていないけれども、最後に、、、

何度も言うけど、高校を卒業しなくても、大学に行かなくても、会社に勤めなくても、結婚してもしなくても、自分の思い通りに生きることなんて案外簡単にできます。

生き方なんて何通りもあるし、どんな生き方をしても良いのです。

生きていれば、大変なこともツラいこともたくさん起きるけど、面白いことや楽しいこともそれ以上に起きる。それをうまく感じられるようにするのは、自分の考え方次第だと思う。

だから、、、ダマシダマシでもよいから、生きてください。

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