孤独力がある人は他人との比較をしない

前回の記事で「孤独と孤立は違う」について書いた。

「50歳からは『孤独力』!」という本を読んで考えたことの続きを書く。

「第四章 孤独力は究極のささえ」にこんなことが書いてあった。

比較をする人、しない人

孤独力で強さを身につけた人だけが、思いやることができる。

弱者には思いやりは無理である。他人の失敗の喜びを食べて、それを生きがいにする。弱者はお節介はするが、思いやる能力がない。弱者の生きる動力は嫉妬なのである。

孤独力は強さである。

このことは逆に表現することもできるだろう。弱者とは孤独力がない者のことである。孤独力のない弱者は、自分同様の、あるいはそれ以下と思える弱者を必要とする。そこにひそかな喜びを感じているから、相手が苦しみから脱することを望んでいないのである。

弱者の喜びには、必ずといっていいほど、比較による喜びがひそんでいる。優越する喜びがひそんでいる。

孤独力のある人の喜びは、そういうところにはない。

自分が決めた目標を自力で達成する喜びである。その世界には、そもそも比較すべき他人はいない。

大事と思ったので、もう一度書く。

孤独力のある人の喜びは、自分が決めた目標を自力で達成する喜びである。その世界には、そもそも比較すべき他人はいない。

僕は最近、このブログの過去記事を整理していて気づいたことがあった。

会社を辞める前の僕は、自分が会社員で組織に属していたからかも知れないけれど、他人のことについて書いていることが多かった。

気に入らない人への愚痴、会社の上司への愚痴、会社への文句、メディア批判、社会批判、など・・・。

今の自分は、単純に他人と接触することが少なくなっているだけかもだけど、他人のことに構っている時間が少なくなっていていると感じる。

そんなことよりも、

「自分が思い描いている『理想の自分』にいかに近づくか?」

「自分が決めたことをどうすれば達成できるか?」

を真剣に考えるようになったから、だと思う。

僕が今やろうとしていることは、「自分が決めたこと」だから、そのことに他人は全く関係が無い。

誰かの協力は必要だと思う。でも、根本のところは、自分で考えて、自分で計画して、自分で達成するしかない。

だから、他人のことを気にしているヒマはない。

もちろん、何かに困っていて助けを求めている人がいれば喜んで助けるけれど、自分が優位に立つためのお節介や、他人を批判することで優越感を感じることなんかに時間をかけるなんて、もったいない。

逆に考えると、他人のことばかり気になるようになってしまったり、他人と自分の比較ばかりするようになってしまったら、それは、自分の理想や目標設定が間違っているか、自分が進んでいる方向が間違っているということになる。

そんなときは、方向を修正しなければいけないのかも知れない。

後半、ちょっとカッコつけちゃったけど、そういうわけで、今日も孤独にお仕事がんばる。

参考記事:人生の勝ち負けってなんだろう?

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